百か日の法事と一周忌法要法事、三回忌の法要は、中国の儒教の祭祀の影響によって付加されたものといわれます。亡くなった人が百か日を含めた8つの忌日と、一周忌、三回忌の2つの年忌の、合計10度の時点で、冥界の十人の王に審判を受けるという「十王信仰」に基づいているという説があります。
これは仏教が伝来した後に、中国で生まれた信仰で道教とも共有しているものといわれます。また、その後の七回忌および13回忌法要法事以降は、日本で独自のものといいます。日本では11世紀以降に十王信仰が広まり、その後の鎌倉時代に、七回忌、十三回忌、三十三回忌が行われるようになりましたが、これは十三仏信仰に基づいているといいます。
これは、十王信仰の各王を垂迹と見て、それぞれの王に本地となる仏菩薩を擬定し、それぞれの法要の時には、その仏菩薩を本尊として法要を行うというものといいます。三十三回忌、或いは五十回忌を最後の年忌にするのが一般的であり、それを弔い上げ、あるいは、問切りと呼んでおり、その時に、寺への寄進や永代供養を行う場合が多いようです。