僧侶が葬儀をするという習慣もこのような制度の下に始まったと考えられています。この頃の僧侶は、檀家制度の中で、檀徒の死後その檀徒の死相を見届け、檀徒に間違いないことを確認して、戒名を授け、引導を渡すことが義務づけられた。つまりは、死亡の確認は、檀家制度の一面 戸籍の確認となるわけです
人々の側からすると葬儀の際には、必ず所属する寺院の指図を受けて僧侶を呼ばねばならなくなったということがありました。もし僧侶を呼ばなければ、キリシタンの疑いをかけられたり、極刑に処される恐れすらあったといいます。それがいまだに残っているのが、葬儀にはお寺の僧侶を呼び、お経を上げてもらうことが慣習化している現在の葬儀や法事の姿の一面でもあります。
このような経緯から葬儀法事にかかわるようになったという前提で考えると、実施にお寺の僧侶にお経を上げてもらわなければならないという意味も考えさせられます。法事などの説法では僧侶は故人への供養のために読経を捧げるということを言いますが、僧侶でなければならないということは、良く分かりません。
引導を渡すのも僧侶でなければならないというのも、実際のところ良く分かりません。言ってみれば慣習としてやってきたと考えるのは不遜でしょうか?そのことを明らかにするには江戸時代前まで遡らなけれならないかもしれません。